────ごめんなさい。

かみさま、ごめんなさい。
好きな人が、出来ました。

決して気付いてはならない思いに気付き
決して願ってはならない事を願い
決して犯してはならない罪を犯しました。

けれど、犯した罪よりも罪深いのは
私は後悔はしていないという事なのです─────…




Fake×True




草木が赤く染まり、日が地平線に傾く頃。
幼い子供達は手を繋ぎ家路を笑いながら駆けて行く。
その中を、金の髪の青年はゆったりと歩いていた。
少し小柄ながらも美しい顔立ちで、鮮やかなまでの金糸は夕日に照らされてなお輝きを失わない。
むしろ、夕日の色さえもそれを引き立てるかのように輝いていた。
美しい翠の双眸は、穏やかに子供達を見守っている。
教会に身を置き、神の教えを説くのが神父である彼の主な仕事だったが、
品行方正で穏やかな性格の彼は子供達にも好かれており、
よく子供達と遊んではこうして夕暮れ時に一緒に帰路に付くことも多かった。

「神父さま、またあしたね!」
「あしたもいっぱいお話してね!」
「いっぱいあそんでねっ」

少し前を駆けていた子供達が振り返り口々に言い、青年に笑顔を向ける。
それらの一つ一つに優しく頷き、

「はい、またあしたね。寄り道しないで帰るんですよ」

手を振る子供達に、青年も手を振り返す。
つい今しがたまで賑やかだった青年の周りは、子供達が遠ざかるに連れて少しずつ静寂が訪れ始める。
が、少し歩いていると。

「シュイー!」

突然、どこかから声をかけられて青年は立ち止まる。
シュイというのは本名ではなく、シュイリーツェ、というのが青年の名だった。
正確にはシュイリーツェ・リィリアというのがフルネームだが、
シュイ、と短く呼ぶのは彼の知り合いの中でも唯一人しか居ない。
すぐに声の主が誰かを悟る。
女性の名前の様だと幼い頃はよくからかわれ、
あまりにもシュイリーツェが気にしていたためにシュイと呼ぶ様になった。
今となっては良い思い出で、ただ一人だけ違う呼び方をするのはどこか心地が良くてシュイリーツェは好きだった。
振り返り、あたりを見回して声の主を探してみる。
だが、いくら見回してみても声の主は見当たらない。
シュイリーツェにとってはとても聞きなれた声だった筈なのだが、もしや聞き間違えたのか?
そう思い首をかしげる。
すると、再びどこからか名前を呼ぶ声が聞こえ。

「シュイ!こっちだよこっちー!」

再度呼ばれたことで、やっとシュイリーツェは声の主を見つけることが出来た。
声の主は、シュイリーツェが見回していた場所よりもずっと下方…土手の下から手を振っていた。

「セシルド!?」

短い黒髪に、黒い法衣。碧の相貌はシュイリーツェをしっかりと捕らえていた。
だが、その姿を見つける否やシュイリーツェは驚いたような声をあげた。
なぜなら、声の主は遠めにも分るほどにずぶ濡れだったのだ。

「どうしたんです、そんな格好で!?」

慌てて土手を駆け下り、シュイリーツェは黒髪の青年の傍へと駆け寄った。
近くで見ると殊更それは酷いもので、頭のてっぺんからつま先まで濡れていないところはないし、
黒い法衣は水分を含み過ぎて、限界を超して吸い取りきれなかった水が下へ下へと滴っているような状態だ。
心配そうにシュイリーツェが顔を覗き込むが、当の本人───セシルドと呼ばれた黒髪の青年は気にした素振りも無く、
少し頭をかきながらカラカラと笑った。
彼もシュイリーツェと同じく聖職者だが、どちらかと言えば布教や援護よりも退魔を専門にしている。
そのせいもあるのか、セシルドはシュイリーツェよりも全然背が高いし、体格もしっかりとしていた。

「あっはは、ちょっとドジってさw」

そう言ってセシルドはシュイリーツェから目線をずらすとチラ、と地面のある一点を見た。
川べりより少し離れたそこには緑が茂っており、その上にそっと一つの帽子が置かれてあった。
淡いピンクの、可愛らしい女性用の帽子だ。

「あれがさ、そこのクイに引っかかってたんで取ってやろうと思ったんだけど」

いいながら、親指でクイを指す。
川べりよりも若干離れた所にあるそれは、昔は船を繋ぎとめてあったのであろう代物で、大分風化している。
頑張って手を伸ばせば手が届くかといった距離にあるソレは、元はもう少し近くにあったのだろうが、
放置された後に時間をかけて川べりが削れていった為にそんな微妙な位置になったのだろう。

「ちょっと油断したら手が滑ってさ。そのまま、ザパーン!」

大げさに身振り手振りで説明をしてからセシルドは、少し恥ずかしそうに頬を指でかいた。
そんなセシルドの様子に、シュイリーツェは思わず笑みを漏らしてしまう。

「ふふ、セシルドらしいですね」
「だろ?…って、褒められてないじゃんっ」
「あははっ」

一瞬ノってから、誰かに突っ込むような手振りでセシルドが言うと、シュイリーツェは益々おかしそうに笑った。
つられるようにセシルドも笑ってから、草むらの方へと寝転がる。
一瞬驚くが、すぐに笑顔に戻ると、シュイリーツェはその隣に腰をおろした。

お互い、何を言うでもなく夕暮れの空を見ている。
穏やかにそんな時間が過ぎてゆく。
セシルドと過ごしている時のそんな雰囲気が、シュイは気に入っていた。

二人とも元は孤児で、教会の孤児院に引き取られたときに出会ってからはずっと共に居る。
おとなしいシュイリーツェと活発なセシルドは、ハタから見ればまさしく正反対に見える。
だが、その実不思議とそれでバランスが取れていた。
シュイリーツェにとっては、セシルドは唯一無二のかけがえのない親友であり、そして今では仕事上でのパートナーでもある。

シュイリーツェは普段は主に教えを説く事を主な仕事としているが、それはあくまでも主たる仕事と言う意味だ。
聖職者の仕事とはそれだけではない。
不浄なるもの、不死者や迷える魂、悪魔を退けるのもまた彼らの仕事だ。
主にはセシルドの様な活発な交戦型の神父が主力となりそれらをこなしているが、当然彼らだけでは歯が立たない相手も多く居る。
特に悪魔や魔物と呼ばれる物達は凶悪なものが多いのだ。
そこで必要となるのがシュイリーツェの様に後ろで援護をする事の出来る司祭の存在だ。
そして得手不得手を考慮された教会のシステムが、パートナーというシステムである。
能力や相性を考慮した組み合わせであれば、自由意志が尊重され、基本的に二人一組で仕事をこなす。
仕事の評価も勿論、二人で一組だ。
シュイリーツェは能力としては援護型、セシルドは交戦型なので相性も良いと、そのままパートナーになったのだった。

「そういや、また子供達と遊んでたのかシュイ?」

ふいに、セシルドが話を振ってくる。
シュイリーツェが子供達と歩いていたのは彼の位置からも見えていたようだ。

「あ、はい。…みんな良い子達ばかりですよ。よく懐いてくれますし」
「…あんまりいい子ばっかだからって、幼女に手ぇ出すなよ〜?」

セシルドがそう言ってニヤ、と意地の悪い笑みを浮かべた。
勿論冗談だという事分っていたが、シュイリーツェの心にふとした悪戯心が灯る。

「…セシルド、私をそういう目で見ていたんですね…」

わざと、悲しそうな声色を出して答えてみる。
軽く目線を反らし、右手を胸に当てる寂しそうな仕草も忘れない。
冗談と笑い飛ばされるものだと思っていたであろうセシルドはそれを見て驚いたようだ。

「…あ、いや、冗談っ!」

慌てたようにブンブンと手を振り、セシルドが弁解をする。
その様子がおかしくてシュイリーツェは、

「どーだか?」

ついつい拗ねたように顔をそらす。
そうすると、セシルドは益々慌てたように、

「シュイ〜、出来心だってっ」
「…ぷ」

袖を引っ張るセシルドの仕草が少し幼くて、思わず噴出してしまう。
とたんに、拗ねていたのが嘘だと気付いたらしくセシルドは、

「あ!シュイっ、今笑ったろっ」
「く、あははっ、ごめんなさいついっ…」
「聞こえないなっ」

笑い始めたらもう止まらない。
いけないと思いながらも、自分よりも一回りほど大きいセシルドの仕草が可愛くて、ついつい笑ってしまった。
その隙を突いてセシルドはシュイを草むらへと押し倒した。

「ぅ、わっ!?」

白い法衣に包まれたシュイの華奢な体は呆気なく草むらへと沈んだ。
その上から、セシルドの大きな体が四つんばいのような体勢で押さえつける。

「うらっ、こーさんって言ってみなっ」
「ずるいですよ、セシルド…ゼッタイ逃げられないの分ってるクセに」
「ばーか、分ってるからやってるんだろw」

悪戯な顔で楽しそうに見下ろしてセシルドが言う。

「もー、こーさん…」

見上げながらシュイリーツェは苦笑しつつ答えかけて、思わずドキリとした。


水に濡れた セシルドの 顔と 髪が 思う より 近くて。

ひんやり 濡れてる 手の 感触が 気持ち よくて。


この人はいつの間にこんなに大きかったのだろう。
自分の腕を押さえつけているセシルドの手は、自分よりも余程大きい。
同じ男なのに、どうしてこうも違うのだろう?
そんな事をふと考えながらシュイリーツェは、ふとセシルドを意識している自分に気付く。

(…変だ。何を考えているんだろう、私は…)

我ながら何を考えているのかと恥ずかしくなってしまう。
仮にも聖職者が何を考えているのだ、と思っていると上から声が降ってきた。

「…なんだよ、そんなに熱く見つめると照れるだろっ」

知らず、じっと見てしまっていたらしく冗談交じりにセシルドが言って眼をそらした。

(…しまった、思わずじっと見ちゃってたんだ。…あれ?)

ふと、シュイリーツェはセシルドの変化に気が付いた。
シュイりーツェの腕を押さえていた力が緩んで、少しばかり頬が赤い。
どこか、落ち着かない様子で視線を泳がせている。

今 だったら ───── …

する、とセシルドの手の下から腕を抜く。
そのまま、ゆっくりとセシルドの頬にそっと触れてみた。
どうしてそんな事をしようかと思ったのかは分らない。
ただ、…触れたかった。
水に濡れてヒヤリとしている頬の感触がシュイの手に伝わると、
一瞬ビクリと反応したセシルドの瞳がシュイを捉える。

「…クー」

思わず唇から漏れたのは、懐かしい呼び名だった。
セシルド・クーデルカ。
…そうだ、昔はクーと呼んでいた。何故それが今出たのだろう。
そんな事を思いながらぼんやりとセシルドを見ていた。

このまま ずっと ──── …

その時、ふとセシルドが動いた。
濡れた黒髪が揺れて雫が落ち、シュイの顔を濡らす。
僅かに、セシルドの顔が近くなった。
少しずつ、距離が無くなってゆく。
それに従って、心臓はうるさい位に存在を主張する。
セシルドの前髪が額に触れて、シュイは瞳を閉じた。
閉じる寸前、同じ様に瞳を閉じるセシルドが見えたような気がする、と思いながら。
あと僅か、少し──────

だが、二人の影が重なろうとした、その瞬間。
正午と夕刻に鳴る教会の鐘の音が辺りに響き渡った。

その音に、二人はビク、と動きを止める。
同時に瞳を開き、触れかけていた唇が慌てて離れる。

私たちは 今 何をしようとした──────?

慌てて起き上がり、シュイリーツェは自分の唇に手を当てる。
顔が、体が熱い。
少し寂しく思うのは、すぐ傍に感じていたセシルドの温もりが、急激に離れたせい?
チラ、とシュイリーツェがセシルドを見ると、同じ様に座った体勢で、シュイリーツェに背を向けていた。

「わ、悪いっ。…悪ふざけが、すぎたっ!
 はは、何やってるんだろうなっ?…男同士なのに」

顔を見ないままに、早口にセシルドが告げる。
言葉は荒くとも、彼の心は生粋の聖職者だ。
同性同士の恋愛事は御法度なのだと分っているのだ、とすぐに悟る。

「…本当に、何やってるんでしょうね…
 ほら、悪乗りするから濡れちゃったじゃないですかー」

ぷん、と少しだけ怒ったような拗ねているような口調でシュイリーツェがセシルドの背中に言うと。

「え!マジで!?」

ばっ!と慌てて振り返り、セシルドはシュイリーツェの濡れた前髪に触れた。

「うわっマジだー!って、服も濡れてるじゃんっ」

そう言いながら、あたふたとしている姿はいつものセシルドだった。

───これでいいのだ。

シュイリーツェは思った。
変にこじれてしまいたくはない。
さっきのあれはきっと、…気の迷いだったんだ、二人とも。

「だからほら、早く帰りましょう?セシルドも風邪引いちゃいますよ」

"いつもの"笑顔でそう言ってシュイリーツェは歩き出した。
セシルドに背を向けて、もう一度、そっと自分の唇に触れてみる。
濡れていて、寒いはずなのに。

「…熱い、な…」

誰にも聞こえないように、ポツリと呟く。

────罪を犯してはならない────

そう、自分に戒めるために。