その日は朝から賑やかな日だった。
そんな中を歩くWizardの青年が一人。
真っ赤な髪に、顔の右半分は前髪で隠れているが、左目はサファイアを思わせる蒼の瞳。
赤毛のWizard、朱鷺は考えていた。
右手を口元に当て、賑やかな街中を歩きながらうんうんと唸っている。
(──────なんだっけ、この感じ)
これは確かに前にも感じた覚えがある。
だが明確にコレと言うのが思い出せない。
彼が首を捻るたびに、頭の上で黒い猫耳がピコピコと揺れているが、本人は無意識だ。
賑やかな街並み、オレンジを主体とした派手な装飾、そして不思議な仮装。
(それに、カボチャ────…)
そこで、朱鷺ははたと立ち止まった。
賑やかで、オレンジで、仮装で、何よりカボチャ。
(…そうだ…っ!!)
朱鷺の中に、昨年の記憶が蘇る。
一年前、同じ日に。
──────Trick or Treat♪
相方…銀髪のクラウン・宵風の声が朱鷺の脳内でリフレインして。
その後の事までしっかりと朱鷺は思い出して、危うく街中で叫ぶところだった。
昨年、ハロウィンの事をよく知らなかった朱鷺は、相方にいい様に遊ばれてしまったのだ。
それはもう手錠まで出て来るわで、注意書きの一つも無しにはこんな所で書けない様な事をされたわけで。
──────恐らくはこれを読んで心に浮かんだことがそのまま正解であるわけだが──────
兎にも角にも、そんな理由で朱鷺には今日と言う日、つまりハロウィンにはあまりいい印象が無かった。
(…だって3秒ルールとか知らなかったし…っ!!)
昨年の恥ずかしい記憶がまざまざと思い出されて心持ち頬を染めながら、先程よりも大股気味に朱鷺は人ごみを掻き分けていく。
ちなみに3秒ルールと言うのはサディスティックな相方が昨年朱鷺に教えた事で、
曰く、「Trick or Treatって言われたら3秒以内にお菓子をあげないと悪戯されちゃうんだよ♪」という事らしい。
因みに真っ赤な嘘であるが、一年が経った今でも朱鷺はそのルールを信じたままだ。
(でも今年は大丈夫だ…言われる前にお菓子も用意したし…!!)
思い出したからには昨年の二の舞はごめんだとばかりに朱鷺は倉庫から取り出したキャンディを握り締めた。
それを服のポケットに仕舞い込んで、準備万端!と朱鷺は意気込む。
カプラ職員が不思議そうに朱鷺を見ていたが、今の彼には何処吹く風だ。
これで怖いものは何もないとばかりに宿へと足取りも軽く朱鷺は駆け出した。
──────と、そこへ。
「ちょいとそこ行くWizardのお兄サン♪」
ふいに呼び止められて、朱鷺は足を止めた。
念の為にあたりを見回してみるが、自分以外にそれらしい人間も見当たらない。
ついでに声の主もどこに居るのかがイマイチ分からない。
「そうそう、貴方デスヨ♪」
先刻と同じ声がして、やっと朱鷺は声の主へ辿り着いた。
声の主は、近くで露店を開いていたアルケミストの青年の様だ。
「────俺に、何か用なのか?」
「エエ♪」
朱鷺が話しかけると、アルケミストは長い三つ網を揺らして頷いた。
笑っている様な細い目が朱鷺を捕らえて、
「アナタ、先刻そこの倉庫の所デ意気込んでらしたデショウ?」
「えっ…」
どうやら見られていたらしい。
なんとなく気恥ずかしいものを感じて朱鷺はアルケミストから目をそらした。
「ああ、イエ、そう構えないで下サイ♪」
それを見越したらしくアルケミストは、両手を朱鷺の方へ両手を差し出して宥める様な仕草をした。
実際に触れはしなかったが、通常のアルケミストの制服よりもかなり袖が長く、更に広がっている物だから微かに腕に触れるのがくすぐったかった。
「実はですネ、今日はハロウィーンでショウ?」
「…、ああ、そうだな」
「ですカラ、今日は通常の営業ではなくテ、貸衣装屋サンをしてるんですヨ♪」
「貸衣装…?」
聞き返した朱鷺に、アルケミストは満足そうに細い目を更に細めながら朱鷺の前にカートを置いた。
その中からは色とりどりの衣装が飛び出してくる。
「そうデス♪ハロウィーンは本来豊穣祭ですガ、こういった仮装デ悪魔を払うお祭りデモありマス♪」
その衣装を一つ一つ丁寧にシートの上に広げながらアルケミストは更に続けた。
「ですガ、そういった衣装は年に一度シカ使わないものでショウ?
ですカラ、年に一度ハロウィーンのこの日だけハ衣装の貸し出しをしているのデス♪」
アルケミストの話を聞きながら、朱鷺の目は色とりどりの仮装衣装をついつい目で追ってしまう。
魔女やドラキュラをモチーフにした衣装のセットや、よく出来た狼男のリアルなマスクなどもあり、見ているだけでも心弾む様な品々に、朱鷺はすっかり夢中だった。
「へぇ…そういえば街中で色んな格好の人が居るな」
近くを見回すと、同じ魔女の格好でも幾通りもあったり、有名なモンスターの格好をしている人間もいる。
ボンゴンやムナック、ロリルリなど、思わずテロを思わせる様な光景だな、と朱鷺は笑った。
「ええ!ですカラ、貴方も一着イカガですカ?
どれでも一着10kで貸し出し中ですヨ♪」
「え、…うーん…」
確かに面白そうではあるが、いざ自分がやるか?と言われれば戸惑ってしまう。
吹っ切ってしまえば楽しめるのかもしれないが…、と朱鷺が悩んでいると、アルケミストはその中から一着を取り出して、
「ちなみにオススメはコチラですヨ♪」
そういったが早いか、じゃーん、と広げて朱鷺に見せた。
それは大きな金色の鈴に長い布がついた髪飾り、そして着物にもよく似ているがどこか違う、独特な民族衣装の様な服。
オプションで、玩具の短剣。
それを見て思わず朱鷺は絶句した。
「いや…それって女物だし明らかに!!」
フェイヨン地下洞窟に住むと言う少女の霊、ソヒーの衣装そのものだった。
しかも中々よく出来ていて本物と寸分たがわない。
そんな格好が出来るか、俺は男だ、という朱鷺に、
「いえいえ、それハちゃんと男性サイズですヨ?
…ホラ、あの方も男の方ですガ天仙娘々の格好をしていらっしゃるでショウ?
ハロウィーンにおいては、そういうのもアリなのですヨ♪」
アルケミストがそう言って人ごみの中を指差したので、釣られて朱鷺が見てみると確かにそれは男だった。
しかも、その男だけではなく他にも何人か混じっている様だ。
ちなみに逆に女性が男の格好をしているのも見かけたが。
「いや、だからって流石にこれは…」
せめて、もっと他の衣装をといいかけた朱鷺だったが、アルケミストの次の台詞に朱鷺は動きを止めた。
「この衣装で意表を突けば、貴方モ誰かに悪戯し放題ですヨ♪
そこまで拒まれてらっしゃる貴方がこんな衣装を着てくるとは思わないでしょうシ…
スキだらけになるかもしれまセンヨ♪」
アルケミストが怪しく笑う。
だがその言葉には確かに魔力があった。
──────悪戯し放題?宵風に?
そうだ、昨年は偉い目に…
じゃあ、今年は俺がお返ししてもいいんじゃないだろうか。
そんな考えが朱鷺の中を横切って。
「──────借りる!」
そんな答を出すまでには、いくらも時間がかからなかった。
+ + +
所変わって、プロンテラにある小さめの宿の一室で、宵風はくつろいでいた。
2、3人は座れそうなソファだったが、今は自分一人しか使う人間も居ないしと、ど真ん中に座って新聞に目を通していると、後ろにある部屋の扉を開く音が耳に入った。
ついで、たたっ、と自分の背後に何かが来るのを感じたが、嫌な気配も特にないので朱鷺が戻ってきたのか、と振り返って迎え様とした所で。
しゃらん。
軽やかな鈴の音、次いで、ふわ、と柔らかな布が頬に触れる感覚。
その布を無意識に捕まえて今度こそ振り返ると、そこには短い赤髪のソヒーが、一人。
「…と、と…」
ソヒーは俯いたままで何事かを言おうとしている様だ。
思わず呆気に取られたままで宵風は取り合えず言葉の続きを待ってみる。
すると、
「とっ…Trick and Treat!!」
真っ赤な顔のソヒー、もといソヒーの仮装をした朱鷺がやっとの事でそこまで言い切って、余程緊張したのかそのままで固まっている。
台詞が間違っているのだが、恐らくこの調子では気付いては居ないだろう。
「…朱鷺?」
笑んで、頬に触れると朱鷺はびくっと一歩退いた。
「なんで逃げるの、朱鷺?」
「だ、だって触るからだろお前が!!」
「だって、折角可愛いのに」
クスクスと宵風は楽しそうに笑って、真っ赤な顔の朱鷺を改めて見た。
黒い猫耳は外せなかったらしく、それはついたままで大きな鈴を頭につけており、服は着慣れない為か多少着崩れてはいたが、それが尚更可愛らしい。
「み、見るなっヘンタイっっ」
宵風の視線に気付いたらしい朱鷺が吼えたが宵風はお構い無しにまじまじと見つめて楽しそうなことこの上ない。
ここへ来て朱鷺はようやく、この作戦は大きな誤りであったと気付き始めていたが後の祭りである。
大体、この程度ではこの男は喜ぶことはあっても意表を突かれてスキだらけになどと、冷静に考えればありえない事だった。
あのアルケミストの口車にうっかり乗せられた、と嘆くも、最早「いまさら」なのだ。
「いやぁ、折角だから見ないと勿体ないかなと」
「う…うるさいっ!」
「あはは♪…ほら、逃げてないでこっちおいで?」
「だ、誰が行くか…って、あ!」
「ん?」
突然大声を出した朱鷺に宵風が首を傾げると、一方で朱鷺が勝ち誇った様に笑っていた。
…顔は赤いままだったが。
「3秒以内にお菓子渡さなかったら悪戯していいんだよな!」
「ん?…ああー、そういえば、そうだね」
やった!ソヒーの格好のままで朱鷺は思わずガッツポーズを決めた。
かなり恥ずかしい作戦だったが、なんだやれば出来るじゃないか俺!あのアルケミストにはやっぱりお礼を!などと朱鷺の脳内はハッスル中である。
ちなみにこの時宵風の頭の中では「そういえばそんなルールをでっちあげた気がするなぁ」程度のものである。
それよりは、はしゃいでいる朱鷺を見ているのが面白いと、冷静に見物だ。
「…それじゃあ、俺の負けだから、悪戯してもいいよ?♪」
「ああ!」
嬉しそうに答える朱鷺だったが。
「で?」
「ん?」
「どんな悪戯を、朱鷺はしてくれるのかな」
にっこり。
宵風は余裕満々の笑顔で、いやむしろ楽しそうに朱鷺に問いかけた。
「悪戯するのもスキだけど、…朱鷺が一生懸命悪戯するならそれも楽しそうだしね」
何か違う意味合いが含まれている気がします宵風さん。
「え、えっ…と…」
勿論お約束的にそんな含みには気付かない朱鷺だったが、言われて見ればと返す言葉に思わず詰まる。
そういえば、宵風をぎゃふんといわせたいとは思ったものの、具体的に悪戯の事までは考えていなかった。
これは盲点だと朱鷺はうんうんと唸りながら必死に考えはじめるが、
「どうしたの、朱鷺?♪」
「い、いや、ちょっとまて!今どんなことをしようかと…っ」
焦らせる様な楽しそうな宵風の言葉が更に朱鷺の考えをかき乱して、何をすればいいのか分からない。
そもそも楽しそうに悪戯をせがまれては、勝っているのかなんなのか分からないというものだが。
「…あ」
その時ふと、宵風が一言を漏らした。
「…あ?」
何事かと時が問い返すと。
「…残念、時間切れだね、朱鷺」
「…、え?」
「あれ、知らなかったの?」
何のことだ、と問い返した朱鷺に宵風は自信たっぷりに微笑んだ。
嫌な予感がする、と朱鷺の本能が告げていた。
だが素早く身を翻して逃げるよりも先に、いつのまに迫っていたのか宵風に後ろから抱きすくめられる。
「は、離…っ」
「…30秒以内に悪戯を思いつかない場合には、悪戯をしようとした相手にの指定した衣装を着なきゃいけないんだよ」
腕の中でもがく朱鷺の耳元で宵風が低く囁いた。
その言葉に朱鷺の思考が停止する。
「は、え?何…」
「その衣装も可愛いんだけど、少し色気がたりないかなぁ…♪」
くすくすと耳元で笑う宵風の声から逃れようと朱鷺は更に腕の中でもがくが、どうやっても抜け出せそうにはない。
そうこうしている間に、扉をノックする音が聞こえてきて。
「やァやァ宵風、こんにちハ♪」
がちゃり、と開いた扉の向こうにはあのアルケミストが居た。
「やあ、レイ。待ってたよ」
親しげにアルケミストを呼んで、宵風は軽く手を振った。
すっかり置いてけぼりになっている朱鷺の頭の上には疑問符が飛び交っている。
「え?え?」
「…ああ、貴方は先程ノ♪
まさか宵風とイイ仲だとハ露知らズ…それならもっと色気のある衣装にすれバ良かったですネ♪」
ひらひらと、アルケミスト、レイが朱鷺に向かって呑気に手を振っているが、未だに朱鷺の頭の中はパニック状態だ。
「なんだ、やっぱりレイの作った衣装だったんだ?
朱鷺、このアルケミスト…レイは腐れ縁でね」
頭の上から降ってきた宵風の言葉に朱鷺は全てを理解した。
つまり、結局自分は宵風とその悪友の掌の上で踊らされて…
そして今年も宵風には叶わなくて恐らく今年も恥ずかしい事に。
そこまで理解して大人しく待っている趣味はないが、更に敵が増えたこの状態では益々逃げ出せる気がしない。
「それでハ、届け物は確かニ届けたノデ、ワタシはこれデ♪
…頑張ってくださいネ♪」
楽しそうにひらひらと朱鷺に再び手を振ってレイは部屋を出て行った。
部屋に残されたのは、捕食するもの宵風と、捕食されるもの朱鷺と、そしてレイが置いていった荷物と。
「…やっぱり折角だから、今はこのままでもいいかな」
そういいながらも宵風の手が既に朱鷺の服を脱がせにかかっているわけだが。
「ちょっ…いいなら脱がせるなよ!!」
「だから、この服を脱がせながら一回して…そのあと着替えてもう一回すれば問題ないよ」
にっこり。
笑顔でとんでもない台詞をはいて宵風は更に脱がせていく。
勿論、朱鷺に選択肢はないわけで…、
今年も、朱鷺のハロウィンは宵風によって翻弄される運命だったわけだ。
─────合掌。
+ + +
*** おまけ ***
「────着ない、着ないったら、着ーなーいーーーっ」
「でも、ルールだから^^」
「そ、そんなのっ…」
「…俺を出し抜こうとした罰だよ?♪」
「やめっ、ばっ…!着せるなぁっ」
「…ふふ、楽しいね?…頑張って踊って貰おうかな、可愛いジプシーさんに」
「………ヘンタイっ…」
「最高の褒め言葉だね?」
「…うう…」
「ああ、そういえばレイがオマケにって」
「なんだその小瓶!?」
「…折角だから使っちゃおうかな^^」
「いっ…いやだぁああああ!!」
*** 閉幕 ***
+あとがき+
お久しぶりで御座います。
この二人をかくのも随分と久しぶりになりました…が、相変わらずです。
相変わらず朱鷺がやられっぱなしです、色んな意味で。
一時間位でガッと上げただけに色々おかしかったらスミマセン(´・ω・`)
ちなみにオマケで宵風が言っていますが、アルケミストのレイがもってきたのはジプシー娘の衣装です。
色々出ちゃう衣装ですが、クラウンの宵風の相方ならジプシー衣装でいいじゃない!←
少しでも楽しんでいただけたなら幸いで御座います♪
今年はハロウィン絵が描けそうにないので、宜しければこのSSでももってってやってくださいまし…(ちょ