「─────という訳で、コイツがアストルなんだ」
そう言って俺は傍らに寄り添って離れない金髪の少年の頭に手を置いた。
少年はといえば、あまり状況が分っていないのかきょとんとしている。
取り敢えず、ずっと素っ裸で放っておく訳にもいかないので今は俺のシャツを着せている。
ズボンに関してはサイズが合わなかったので取り敢えずシャツだけだが…
まぁ、シャツがデカいから問題ないだろう。
「…ふーん…よーーっく分ったわ」
テーブルを挟んで俺の向かいで肘を突いて聞いていたピンクの髪のアルケミスト、クロエが頷く。
やっとクソ長い説明から開放される…
長い戦いだっ…
長い戦いだった、と言い掛けて。
「アンタの趣味と言うか萌えポイントが」
…は?
「はぁ!?今までお前は一体何を聞いていたんだ!?」
「何よ、ちゃんと一から十まで聞いてたわよ!
その可愛ーい男の子がアストルちゃんなんでしょ!?」
「分ってるならなんでそういう回答になるんだっっ」
「アンタがアストルちゃんに、ああいう格好させるからじゃないのっ」
ばん、とテーブルを叩いてクロエがびしっ、とアストルを指差した。
俺はその指先をたどり、アストルを見る。
「何だよ、別に変な格好は…」
「させてないっていうの?」
「ない」
きっぱりと言い切る。
確かにちゃんとした服は着せていないが、服がないのだから有り合わせでも仕方がない。
シャツを着せているだけなのだから悪趣味とかそういうレベルでもない。
「まったく…自分のダボダボシャツを着せて萌えるなんて…」
「は?」
「それでまたアストルちゃんが似合っちゃってるからまた…」
何度も自分の名前が出ていることに気が付いているのだろう、
アストルが俺とクロエを交互に見比べて首を傾げる。
「…だから何の話だよ」
「ダボダボシャツ着たアストルちゃんが可愛いっていう話よ!!」
胸を張ってクロエが言い切った。
誇らしげに息を吐くのが視界に入る。
…なんだ、つまり。
「つまり今まで俺が必死こいて説明してたの全部無駄じゃねぇか!!」
ばん!!
今度は俺がテーブルを叩く番だった。
そのまま勢いで俺の口からまさしく罵詈雑言が飛び出さんという時に。
「…ご、御主人様、喧嘩は良くないのですよ」
くいいくい、と俺の袖をアストルが引っ張る。
袖が長いせいで指先がちゃんと出ていないので少し掴みにくそうだ。
「そうよね、アストルちゃんv
御主人様ったら短気よねーv」
コロッ、と態度を変えてクロエがアストルに笑いかける。
…覚えてろよカマケミスト…、
とは思うものの、一気に毒気を抜かれて俺もがっくりと項垂れる。
ため息を付いて、
「…はぁ、もういい…
で、お前から見てどうなんだ?アストルは」
「んー…見た目だけじゃ判断しづらいけど…
取り敢えずレキ、アンタが作ったって言う例の虹色の薬品と、あとアストルちゃんを連れて帰って調べてみる必要はありそうね」
…今更だが。
本当に今更だが、レキと言うのは俺の事だ。
正確にはレクトール・J・シルヴァというのだが、クロエはレキと短く縮めて呼ぶ。
…まぁ、アンタ扱いの方が多いんだが。
「今までに例を見ない症例だし、ぱっと見た目が元気そうでも分らないからね」
おお、カマケミストがマトモな台詞を…
そうだよな、こいつも錬金術師の端くれだもんな。
研究に関することで真面目にならないわけが無いか。
「それじゃぁ取り敢えず…」
クロエが言いかけたときだった。
ぐぅ〜…
例えるならばそんな感じの、少し間の抜けた音が室内に響いたのは。
一瞬空気が止まり、その後音の発信源の方へと視線がいっせいに向く。
「…ご、ごめんなさい…」
視線の先に居るのは、頬を真っ赤に染めているアストルだった。
…そういや飯、食ってねぇんだよな…
今更ながらに思い出して、
「取り敢えず、飯にするか」
クロエの言葉を引き継ぐように続けて俺は立ち上がる。
アストルのエサは、っと…
…いや、まて。
「…なぁ、飯ってジャルゴンでいいのか…?」
素朴な疑問だが、かなり重要な疑問だ。
羊の時はあの堅いヤツを食えたが…
「そういえばそうね、どっちかしら。
…取り敢えず一回あげてみたら?食べれないなら分るだろうし」
「…無責任発言をどうも。」
とはいえ、そうしてみるしかないか。
「ほら、アストル」
手渡しでアストルに渡そうとジャルゴンを掌に載せて差し出す。
するとアストルは嬉しそうに寄って来て俺の腕に両手を添えた。
そのまま、ジャルゴンに直接口を付けて食べる。
ああ、ジャルゴンでいけるのか…
って、羊の時と同じ食い方かよ!?
「アストル、自分で…」
「う?」
首を傾げながらアストルが俺を見上げる。
いや、そんな顔されても。
「ホムンクルスのエサはマスターが責任を持って直接あげること。
…基本よねv」
「いや、それ動物型だからこそ適用されるんだろ!?
親密度とか忠誠度上げるために!」
「違うわよ」
クロエがピシャリと言い切る。
「それもまぁあるけど、それ以上にホムンクルスとマスターの関係っていうのは密接なもので…
エサを上げるのと同時に、マスターからエネルギーを供給して生きているといわれているの」
「エネルギー…?」
「そう。ホムンクルスを生み出すエンブリオを孵化させた瞬間から特殊な繋がりが生まれてね。
その繋がりこそがホムンクルスとマスターの絆の証でもあるのよ。
だからホムンクルスにはマスターは一人しか居ないし、マスター以外からエサを貰っても何の意味も無いの」
まるで本を読むかのように淀みなくクロエが早口に説明をまくし立てる。
「…つまり俺が直接エサをあげないとアストルが死ぬって事か」
「そういうことvだからちゃんとあげるのよv」
要約するとそういうことらしい。
今までそんな話は聞いた事がないぞ俺はっ…
考えながら眉をしかめていると、その間にアストルは掌の上に載せてあったジャルゴンを綺麗に平らげたようだ。
「ん、食べ終わったのか」
そう言って手を元に戻しかけると、アストルはじっと何かをねだる様に俺を見た。
…なんだ?
そう思っていると、アストルは羊の時と同じ様にペロペロと俺の掌や指を舐め始めた。
「!?」
わかっている、もっとくれと言いたいのだ。
頭では分っているが、羊の時とは勝手が違うだろ!?
「…エロケミスト…」
ぽつり、とクロエが呟くのが聞こえて俺は我に返った。
俺はケミじゃない、クリエイターだ!…と本来ならば突っ込むところだが。
「…あ、アストル、何かして欲しい時は口で言え…」
「まっ!ナニして欲しい時は口で言え!?このドスケb…」
げしっ。
下品なクロエのボケは蹴りで黙らせるに限る。
「にゃ…お口で…?」
「…ああ」
きょとんと首を傾げるアストルに、頷いて答える。
だってそうじゃないとお前が何か訴えたいときの癖って舐める事だし!!
家ならまだしも、人前でやられては適わない。
するとアストルは、
「…、そっか、僕、御主人様とお話できるようになったのですっ
これからは、いっぱいお話出来るのです!」
そう言って嬉しそうに笑った。
「アストルちゃん、健気…!」
何時の間にか復活していたクロエがそう言ってアストルを抱きしめると、
アストルは苦しそうに少しもがいていた。
「さて、それじゃゴハンも食べた事だしちょっと預かるわね」
「ああ。結果はできるだけ早くに頼む」
「任せといて♪…さ、いこっかアストルちゃんv」
上機嫌なクロエがアストルの手を引く。
反対に泣き出しそうな顔のアストルは俺の服から手を離さない。
「…アストル。ちょっと検査するだけだ」
「でも…」
「…ちゃんと迎えに行くから」
そう言って頭を撫でてやるとアストルは両手を俺の手に添えて暫くそれを堪能しているようだった。
そうしてひとしきり堪能した後、
「…はい。僕、ちゃんとイイコにしてるのです」
「おう」
答えて俺はアストルから手を引く。
それを合図に、クロエがアストルを抱きかかえて蝶の羽根を取りだした。
今度はもう服の裾を離してアストルは、小さく手を振るとクロエと共に一瞬で俺の視界から姿を消したのだった。
+ + +
「…はー…なんか、疲れたな…」
自分以外誰も居なくなった部屋で、ゴロンとベッドに身体を投げ出してみる。
ちょっと刺激の強い出来事だったせいで、姿が見えなくなると本当に現実だったのかと疑ってみる。
ホムンクルスを作ったところから既に夢だったんじゃないだろうかと思ってみるが、
ベッドの傍らにある未使用のアストル様に作った寝床が夢ではないと物語っている。
…あと、虹色の液体と。
瞳を閉じてこの半日前位から回想をめぐらせて見ると、いかに自分が間抜けな反応だったかと気付いて少し頬が火照る。
自分は割りと冷静な方だと思ってたんだけどな。
思いながらそっと瞳を閉じる。
そのまま何をするでもなくゴロゴロと一日を過ごした。
何かをしようとかとも思ったがどうにも集中できずに、気が付いたときには日がすっかり落ちていた。
クロエからのWisは未だに来ていないままだ。
一日って、長い、な──────…
シャワーを浴びてベッドに戻ると、この一週間ほど抱き枕にしていた存在が居ないことにふとした寂しさを覚える。
…すっかり、あいつが居る生活に慣れてきてたんだな。
早く、連絡よこしやがれクロエ…
+ + +
"────…キ、レキ、起きてる!?"
クロエからのWisで目が覚めたのは、まだ日の昇らない早朝の事だった。
寝ぼけ眼を擦り、朝から何事だと言い掛けて昨日の事を思い出す。
途端、思考が一気にクリアになる。
"クロエか、どうしたんだ慌てて"
慌ててWisに答えると、
"ああ、よかった、起きてたのね!大変よレキ!"
なんだ、何をあわてているんだ…?
…まさか、…まさかなのか?
"落ち着け、何があったんだ"
"あぁんもぅ、口で説明なんて出来ないわよ、兎に角早く来て!!"
そこでクロエからのWisが途絶えた。
まさか、そんな筈はないと思いたい。
だって昨日はあんなにも元気だったじゃないか!
はやる気持ちを押さえつけて、俺は慌てて身支度を整える。
きちんと整えるのも面倒だ、最低限だけでいい!
外套を羽織らないままに俺は慌てて外へ飛び出した。
クロエの研究室はゲフェンにある。
「悪い、急いでゲフェンまで!!」
アルデバランに着くなり、早朝でどこか眠そうなカプラにそう言って金を渡す。
少し驚いたような表情をしていたが、カプラはスグにゲフェンへと飛ばしてくれた。
ゲフェンの着地地点からクロエの研究室までの距離を走っている時間がもどかしい。
焦って絡まりそうになる足を、何とかもつれないように踏みとどまりながら兎に角急いだ。
「アストル、クロエ!!」
ばん!!
研究室に着くなり乱暴に扉を開く。
肩で息をしながら名前を呼んでズカズカと室内へ入っていくと、
「レキ!来たのね、よかった!
ちょっと、見て欲しいの!」
見て欲しい?何を…
首を傾げながら汗を拭っていると、
「ほら、見てっ」
ずい、とクロエが何かを俺の前に差出した。
それは…
「ご、御主人様、大丈夫…なのですか…?」
「…、アス、トル…?」
心配そうにアストルが俺を見上げていた。
何処からどう見ても、ヤバい様には見えない。
…アレ?
「…クロエ、これはどういう…」
「かーぁいい(可愛い)でしょーぉvv
アタシの自信作よぉ〜♪」
「は!?」
「だ・か・ら!アタシの自信作っ!アストルちゃんの服、かわいーでしょっ?」
言われて見ればアストルは今、昨日俺が渡したシャツとは違うものを着ていた。
ふわふわした小さな帽子、首元には薄手ながらも上質な生地の大きな白いリボンと、可愛らしい金のカウベル。
裾の長い大き目のコートに、膝小僧くらいまでの丈のズボンに、丸っこいフォルムの靴。
全体的にふんわりとしたイメージのその服は、アストルによく似合っていた。
「…似合うな」
「でしょぉ〜vVvV」
俺が呟くと、クロエは嬉しそうに身体をくねらせた。
…って、そうじゃないだろ!?
「って、ちがーーう!!」
「何がよ?可愛いでしょ?」
突然叫びだした俺を何事かとクロエが見ている。
きょとん、とアストルも動きを止めている。
「お、お前っ、あんな焦ったみたいなWis送ってきてっ…
まさかこれ見せるためとか言うんじゃないだろうな!?」
「そうだけど?」
あっさりだ。
あんまりにもあっさりと答えは返ってきた。
さも当然のように。
…あ…
「アホかーー!!!」
「やぁね、何怒ってるのよ?
…あ、ひょっとしてアストルちゃんに何かあったかと思って心配で慌てて飛び出しちゃった系?w」
ニヤニヤとクロエがそういいながら俺を見た。
うっ、と言葉に詰まる。
「ばば、バカ言え、そんなんじゃねぇよ!!」
「…の割に、随分息は乱れてるし髪も乱れてるし…外套はどうしたのっかなー♪」
ますますニヤニヤとクロエが楽しそうに言うものだから、頭に血は上るわ何やらで耳が熱い…
モロに口調に出て上手く口が回らないし、最悪だ…
ああくそ、カマケミストの言葉なんて信じるものじゃねぇっ…!!
「…、御主人様、ごめんなさいなのです」
気がつくと、がっくりと項垂れている俺の目の前にアストルがしゃがみ込んでいた。
心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。
その顔を見ると、文句よりも先に、まず。
「…身体、大丈夫だったのか」
何より聞きたかった事から零れる。
そっと頬に触れてやると、少し大きい袖から覗く指先を俺の手に添えてアストルは、
「はい、…大丈夫なのです。クロエさんが、問題ないって言ってくれたのです」
そう言って笑った。
その言葉に、今度こそ全身から力が抜ける。
ホッとしたら、一気にそこから立ち上がる力さえも抜けた気がする。
「そうか。…ならいい」
「…御主人様、心配してくれたのです、か?」
「別に…うわ?!」
別に、と答えたはずなのにアストルは嬉しそうに俺に飛びついてきた。
「御主人様っ、一日会えなくて寂しかったのですっ…!」
今度は初めて飛びついた時のように俺がコケる事もなく、ちゃんと座ったままで抱きとめてやる。
それだけでアストルは益々嬉しそうに身体を摺り寄せて俺の膝に乗ってきた。
「…髪がくすぐったいっての…」
なんともいえない心境に囚われながら、肩口に顔をこすり付けてくるアストルの頭を撫でる。
あー…今俺、この状況でホッとしてる。
飛びつかれるのは困るが、…もう一度頭を撫でてやれて良かった。
たった一週間でもホムンクルスとマスターの絆なんてものがあるんだろうか。
…あると、いいな。
アストルは人型のホムンクルスになったけど。
俺は人間嫌いのクリエイターでマスターだけど。
そんなものがあるなら、嬉しいとか。 …ちょっと思ってみたり。
「取り敢えずレキはショタコン決定ねっ★」
「…お前のせいでいい話も台無しだよ畜生」
横から余計なツッコミを入れてくるクロエに取り敢えず睨みをきかせる。
腕の中の温もりは、俺に逢えてホッとしたのか気がついたら眠っていた。
「…おかえり、アストル」
眠っているアストルにそっと囁いた。
今ならこれが悪夢でもいいな。
きっと、幸せな悪夢だから。
だけど、目が覚めたら困るから、
誰もこれが夢なんて教えに来ないでいいよ。
夢でも俺は
歩き始めたこの足を止めたりしないから。
少し幸せな、悪夢のままでも。